ブダ城の地下迷宮が楽しすぎた話と、ブダペストのクリスマスマーケットは年末も楽しめた話
旅行前夜
今年の年末年始の休みはなんと10連休である。これはヨーロッパに行くしかない。では、ヨーロッパのどの国に行くか…。前から気になっていたのはチェコのプラハだ。百塔の街とも呼ばれる美しい街並みや、有名な天文塔など、ファンタジー感いっぱいでいつか必ず行ってみようと思っていた都市だ。チェコに行くのであれば、同じ中欧ということで、オーストリアのウィーンやハンガリーのブダペストも候補に上がってくる。プラハ、ウィーン、ブダペストの3都市を周遊しようかとも考えたが、首都以外にも見てみたい街がある。悩んだ結果、ハンガリーのプダペスト、チェコのプラハとチェスキークルムロフに行くことにした。
年末年始ということで、フライトチケットは恐ろしく高くなりがちだ。しかし、そんな時でも比較的安く予約できるのが中国の航空会社のチケットだ。行きは中国南方航空、帰りはスカンジナビア航空とエアチャイナのチケットを片道10万円程度で予約した。あとは出発まで旅の計画を適度に立てながら楽しみに待つだけだったはずだが、日中関係の政治的なアレがコレして、中国の航空会社が減便を始めてしまった。
突然エアチャイナから欠航のお知らせメールを受け取った時の衝撃は忘れられない。職場の人に「中国の航空会社のチケット大丈夫か?キャンセルなるんちゃうか?」と心配されていたにも関わらず、「そんな事起こるわけないですよ!」と根拠のない自信を持って元気よく否定していたのであるが、根拠のない自信は所詮、根拠がなかったということだ。GoToGateからも、欠航になったため同じエアチャイナの別の便に振り返るか、キャンセルするか選べますというメールが届く。とりあえず別の便に振り替えてくださいと返信しておいたのだが、待てど暮らせど連絡が来ない。GoToGateのことは、(個人的な感想として)いまいち信用できないため、キャンセルになった北京~大阪の区間だけ、大韓航空の便を保険で押さえておくことにする。
まあこれで振り替えが上手くいっていなかったとしても日本には帰れるだろう…と思っていたが、出発の前日、GoToGateで予約した自分の名前が、姓と名が逆になっていることに気づいてしまった。…まさか入力を間違えたのか??GoToGateの入力欄は間違えようがない表示になっていたはずだし、確認もしたのだが…。しかし実際逆になっているのだから、今となっては、何とか修正をお願いするしかない。GoToGateのサポートチャットで問い合わせると、パスポートの画像を送るように言われ、航空会社に変更が可能かどうか確認するとの返答だった。厳格な航空会社であれば修正が一切できず、キャンセルして買い直すしかないようである。私の旅は始まる前からもう既にクライマックスである。名前が修正できるかどうか、返事が帰ってくるのに1週間かかるようだ。間に合うのかどうか、いやそもそも可能なのかどうかも分からないが、ここはもう気にしても仕方がないだろう。
最悪、どれだけ高くても金さえ払ってチケットを買い直せば、日本に帰れるのである。
2025.12.26
時刻は13時半。関空でチェックインカウンターに並ぶ。今回、片道ずつ別々の航空会社で予約しているため、カウンターで復路のチケットを手配しているか確認された。行きはブダペストだが、帰りはプラハからになるため、ブダペストからプラハまでの鉄道のチケットも確認された。ノープラン旅行の人もいるだろうし、「まだ予約していません」と言えば、そのまますんなりいったのかもしれない。
関空の4階で、ハンガリーの通貨であるフォリントと、チェコの通貨であるチェココルナに両替する。レートの良さを考えるなら現地で調達するのが良いようだが、日本語が通じるうちに用事はなるべく済ませておきたい。
フライトは16時発、広州白雲国際空港には19時45分に到着する。中国は日本よりも1時間遅いため、約5時間乗っている計算になる。
飛行機は時間通りに出発し、1時間ほど経った頃、軽食と飲み物が配られる。軽食はドライフルーツとナッツだ。そして、軽食を食べ終わった頃に食事が運ばれてくる。メインのチキンは少しピリ辛な中華の味付けで美味しい。副菜にきんぴらごぼうがあったり、付け合せの野菜が多めだったり、ヘルシーな感じだ。これからの旅先では肉と炭水化物と脂質ばかり食べることになるため、これはかなり嬉しい。さらにデザートとしてハーゲンダッツのバニラアイスまで配られる。中国南方航空、素晴らしいではないか。食後に温かいお茶をもらって、旅行記を書いたり小説を読んだりしている。


広州白雲国際空港に到着。体感として意外と早く時間が過ぎた。小説が面白かったからだろう。この空港で6時間10分も待機しなければならない。航空券が8万円安くなるのであれば、長い待機時間でも仕方がない…と、11月の私が考えた結果である。時間を潰すのに最適なのはレストランに入って食事をすることだが、あいにく2時間前に食べたところである。しかも、次に乗るフライトでも食事が出てくるかもしれない。どうしようかとロビーをさまよっていると、カーペットが敷かれ、フカフカのソファがいくつか並んだスペースを発見する。
そこでは、疲れきった旅行客が大の字にひっくり返って寝ていたり、靴を脱いで寛いでいたりする。よし、ここを本拠地とする…!私も靴を脱ぎ、自宅のようなお行儀の悪さでくつろぐことにする。充電ポートがないこと以外は、完璧な場所だった。
pixivで長編の小説を読んでいると、意外と時間が早く進む。ちなみに、中国国内で普段どおりにネットを使うためにはVPN偽装が必要なため、あらかじめ日本で契約をしてきている。6時間も待機時間があるのにネットで暇潰しできないというのでは、暇すぎて死ぬからだ。
次に乗るのは同じ中国南方航空のブダペスト行きで、1時55分発だ。ブダペストには7時10分に着くので、そのままブダペスト市内を1日観光する予定である。どう考えても人間を辞めており、頭がおかしい旅程であるが、宿泊費が1泊分浮く上に航空券も安い。何かを得るためには、何かを犠牲にしなければならないのである。
ブダペスト行きのフライトに搭乗したのは、日本時間では深夜3時になろうかという時間である。空港で待っている間から恐ろしい睡魔が私を襲っていたが、もうだめかもしれない。だというのに、乗ってから機内食が運ばれてくる。
メインのビーフシチューライスっぽいものは結構いけるが、付け合せのカット野菜と謎のハムに、付属のソースをかけたのは大失敗だった。めちゃくちゃ辛い。なぜ深夜に眠い目をこすりながら激辛を食べているのか、理解に苦しむ。さらに、私の座席の隣に座っているキッズは、手足をしょっちゅう振り回すタイプのキッズだったため、私の安眠は諦めるほかないようだ。この環境で12時間耐えねばならない。


眠ったり起きたりを繰り返し、現地時間の4時頃になった。機内の明かりがつき、ホットタオルと飲み物が配られる。さらに機内食も配られ、昨日と同じ激辛チリソースの姿もそこにある。メニューはヨーグルト、カットフルーツ、デニッシュパン、ソーセージと卵だが、いったいどこに激辛ソースの出番があるのだろう。ちなみにこのソーセージ、私が今まで食べたソーセージ界隈では一番美味しくなかった。
ヨーロッパは加工肉が美味しいので、ついハンガリー気分で「ソーセージ」と言ってしまったが、ここは中国の航空会社の飛行機の中だった。昨日の謎のハムも恐ろしい味だったのに、眠過ぎてそれを失念していた。
2025.12.27
ブダペストへの到着予定時刻は7時10分だったが、かなり前に到着。しかし、入国審査に1時間ぐらいかかったため、アドバンテージは完全になくなったといっていい。 空港からは100Eのシャトルバスに乗って市内まで行く。クレカタッチ決済が出来るし、乗り場も分かりやすくて助かる。

市内まで30分程度、中央市場の近くのバス停で降りることにする。中央市場は、19世紀終わり頃に建てられた市場である。日曜日と祝日は休みのため、今日行っておかないと滞在中に訪れることができない。



1階が生鮮食品、2階が雑貨屋と食堂になっていて、店舗数はかなりのものだ。生鮮食品は、ハンガリーで有名なパプリカパウダーを扱うお店が多いのと、こちらもハンガリー名産のフォアグラを扱うお店が多い。そして肉屋に肉屋、さらに肉屋だ。ハンガリーは内陸国なので、魚介類は影すら見かけない。ヨーロッパの肉屋では塊で売られているので、いつも思うが迫力がすごい。2階の雑貨屋はかなりの店舗数があって、見て歩くだけで楽しい。よく見かけるお土産の類や、ハンガリー刺繍の店、革製品、この時期だからかクリスマスグッズもあったりする。


市場を眺めた後は、ブダペストのメインストリートを北上し、セーチェーニ鎖橋とブダ城の方に向かう。午前9時半現在、本当にメインストリートなのか疑うほど人の気配が少ない。
ブダペストの街は、ドナウ川が真ん中に流れており、西側のブダ城のあるブダ区と、東側の商業地区であるペスト区が合わさった街である。「ドナウの真珠」と称される街並みは、ブダ城と併せて世界遺産に登録されている。ヨーロピアンな建物の間に時おり近代的なビルが建っていて、それでも全体の景観を損ねていない。路面電車やバス、Uberタクシーがしょっちゅう通りを行き来しており、程よく近代化されているという印象だ。

ブダ区とペスト区を結ぶ橋はいくつかあるが、いちばん有名なのが19世紀に作られたセーチェーニ鎖橋で、ブダペストのシンボルになっている。この橋を渡るとすぐに王宮の丘が見えてくる。この丘の上に、ブダ城やマーチャーシュ教会といった、ブダペストの目玉観光スポットがある。



まず向かったのはマーチャーシュ教会だ。この教会は、13世紀にハンガリー国王により建造されたゴシック様式の教会で、尖塔がたくさんついていてとにかくおしゃれ。正式名称は「聖母マリア聖堂」というが、15世紀に教会の増築を命じたマーチャーシュ1世にちなんで、マーチャーシュ教会と呼ばれている。マーチャーシュ1世は1000フォリント紙幣の肖像にもなっているが、ハンガリー全盛期の時の王様なのだそうだ。

マーチャーシュ教会は、歴代ハンガリー国王の戴冠式が行われたという由緒正しい教会だが、オスマン帝国支配時にモスクに改造されるという可哀想な目にあっている。その後19世紀末になってから、現在の美しい姿に修復されるに至ったのだが、教会の屋根を飾るダイヤモンド柄の屋根瓦は、この時に足されたアレンジなのだそうだ。当時は勝手にアレンジされたことに対して大論争になったそうだが、この個性的な屋根が超可愛いので、現在は観光の目玉というポジションに収まっている。確かに持って帰りたいぐらい可愛い。そして教会内部も、壁や柱にまで幾何学模様の装飾が施されており、寄木細工みたいな色合いでとにかく可愛い。教会のギフトショップの品揃えもかなりセンスが良くて、買うかどうか結構悩んだりした。


マーチャーシュ教会の隣に立っていて、教会に負けないぐらい可愛い。が、政府機関なので観光施設ではない。

教会を見たあとは、教会前のクリスマスマーケットを覗きつつ、漁夫の砦を外側から眺める。
漁夫の砦は白亜の砦で、おそらく外側から見るのが一番綺麗なのだろう。砦が建てられたのは結構最近で、ハンガリー建国1000年を記念して、19世紀~20世紀にかけて建てられた。漁夫という名の由来として、かつて漁夫のギルドがあったからだとする一説がある。
教会付近を散策しながら、ブダ城の地下迷宮の入口を探すことにする。あまりサイトには取り上げられていないが、友人がブダペストに行った時に訪れた話を聞いて以来、気になっていたのである。
googleマップで「LABYRINTH」と表示されている場所に、迷宮の入口はあった。アーチの入口をくぐり階段を降りていくと、不穏なBGMが流れ、じめじめした石壁で囲まれた薄暗い空間が現れ、そしてチケット売り場には誰もいない。友人から話を聞いていなかったら引き返しているところだ。

迷宮の本気は真の暗闇なのだが、写真に残せないのが残念だ。
なんとかチケットを買って入ってみると、スマホのライトで照らさないと何も見えない暗闇が広がっている。迷宮は入り組んでいて、とんでもなく広い。途中、深く水をたたえた井戸があったり、中世ヨーロッパ風のいで立ちをした人形がディスプレイされていたり、彫像や棺が展示されていたりする。覗き穴がひとつだけ開けられた、錆び付いた牢獄の扉や、鉄格子の嵌められた部屋もある。どれだけ歩いても出口はなく、一生ここから出られないのではないか…?という考えが脳裏に浮かぶ。あてどなく彷徨ううち、暗くて長い一本道にたどり着く。その道を進むと、終点に串刺しにされた生首の人形のディスプレイがあった。これはヴラド3世のドラキュラ伝説をもとにした展示だ。というのも、ハンガリーのマーチャーシュ1世は、ワラキア公ヴラド3世をブダ城に幽閉していたことがあるらしい。幽閉するに至った歴史的な経緯についての解説はWikipedia等に譲ることとする。ハンガリーでなぜドラキュラ?ルーマニアとかじゃなかったっけ?と思ったが、こういう縁があったようだ。
地下迷宮、かなり楽しめたが、事前情報がなければもっと怖くて楽しめたかもしれない。しかし、事前情報なし&一人旅で訪れるには怖すぎるかもしれない。

迷宮を出た後は、ブダ城の見学に行くことにする。ブダ城は何度も戦争で破壊されており、現在の姿は20世紀に再建されたものである。最初は木造だった城が13世紀に破壊されて石造りになり、それも破壊されて14世紀にゴシック様式に建てかわり、さらにそれも破壊され…18世紀、ハプスブルク家支配時にバロック様式に改築された。しかしその後も、第一次、第二次世界大戦でかなりの被害を受けたという。ということは、今見ることのできるブダ城は、おそらく18世紀に改築されたバロック様式の城の再現なのだろう。
ちなみに、ゴシック様式の特徴は、天井が高くアーチになっており、尖塔がたくさんついているというもの。我々が「城」と聞いてイメージするシンデレラ城やホグワーツ城のような建築のことである(たぶん)。一方バロック様式は、曲線的で豪華な装飾が特徴で、我々が「宮殿」と聞いてイメージする、ヴェルサイユ宮殿みたいな建築のことだ。

オーストリアのウィーンにある宮殿みたいな雰囲気だ。

ちなみに、セーチェーニ鎖橋を渡る前のドナウ川岸からブダ城の全貌を見ることができるが、この画角が一番写真映えしそう。
城の内部は現在博物館になっている。ブダ城の歴史を紹介するものだったり、古代ハンガリーの剣やら道具やら、あとは人骨などの発掘品の展示があったりする。城の地下にも展示があり、全て周るのに思ったより時間がかかった。

ブダ城を後にし、鎖橋を戻って聖イシュトバーン大聖堂へ向かう。聖イシュトバーン大聖堂の歴史は新しめで、19世紀から20世紀に建てられた聖堂である。ハンガリーの初代国王であるイシュトバーン1世の右手のミイラが、聖遺物として保管されているのだという。王の右手がなぜ聖遺物かと言うと、イシュトバーン1世は国内のキリスト教化を推し進めた人物として、キリスト教の聖人に数えられているからである。この右手を魔法陣の真ん中に据え、「満たせ、満たせ、満たせ…」と唱えればイシュトバーン1世の英霊が召喚されるに違いない。聖堂とテラス、宝物庫に入る共通券を買ったのだが、残念ながら右手のミイラらしきものは見つけられなかった。どこかで見落としたのかもしれない。聖堂は新しめなだけあって、色彩が色褪せておらず、宮殿のような華やかさだ。


イシュトバーン大聖堂のテラスには、エレベーターで途中まで上がることができる。しかしエレベーターで上がった後、そこそこのボリュームの階段も登る必要がある。フィレンツェで登ったクーポラほどではないが、なかなかきつい行程だった。だが、テラスからの眺めはとても良い。ブダペストの街並みにイシュトバーン大聖堂の尖塔を添えた、なかなか美しい写真が撮れる。

聖イシュトバーン大聖堂の前には、かなり規模の大きいクリスマスマーケットが広がっている。ヨーロッパのクリスマスマーケットでホットワインを飲むというのをやってみたかったので、1杯買ってみることにする。ワインの風味・オレンジの甘み・スパイスの香りのバランスが丁度よく、おそらく万人が美味しいと感じる味だ。ちびちび飲みながら今日泊まるホテルに向かうことにする。クリスマスマーケットをじっくり覗いてみたいところだが、実働時間が丸2日になろうとしており、足と目が限界だ。アルコールも回ってきて、程よい酩酊感と睡魔にも襲われている。もうシャットダウンしそうだ。
lion premium hotelは立地と設備の割に値段が安く、コスパが良すぎる宿だ。14時からチェックインできるはずだが、まだ入口が閉まっていたので、電話して開けてもらった。対応してくれたのは顎髭を三つ編みにした、厳つい見た目のとても親切で愛想の良いおじさんだ。日本のパスポートは綺麗だと褒めてくれたり、「ありがとうございます」と日本語を使ってくれたり、日本に良い印象を持ってくれているのかもしれない。

部屋に入ってすぐ、ベッドの上にひっくり返ってみたところ、そのまま動けなくなってしまった。このまま寝てしまいそうだが、16時からComme Chez Soiという日本人旅行ブログ界隈で超有名なレストランを予約しているので、さすがに起きなければならない。
ディズニーランド帰りの時と同じぐらい足が重くて動かない。なんとかたどり着いたComme Chez Soiでは、ハンガリー名物のフォアグラを注文した。ほかにも頼みたいものはあったが、一人で食べ切るには1品が限界だと判断したためだ。この判断は英断であった。フライパンに大きなフォアグラが2つ、煮込まれた薄切りのりんごと一緒にどどんと提供される。さらに、付け合せのパンとガーリックバター、カプレーゼがサービスで付いてくる。しかもこれだけではなく、マッシュポテトが私の皿にどんどん盛り付けられていく。甘酸っぱいりんごソースが少し塩気のあるマッシュポテトに絡み、そこにとろとろのフォアグラを合わせると絶妙に美味だ。しかしフォアグラとは太らせたガチョウの肝臓なので、ものすごくこってりしている。食べ終わる頃には、これ以上食べ続けると辛くなるかどうかの、結構ギリギリのラインだった。食後にカプチーノを頼んで飲んでいると、お口直しのシャーベットと白ワインがサービスで出てくる。このお店、サービスが良すぎる(後でレシートを見たが、本当にサービスだった)。店員さんも親切だし、日本語メニューまであるし、良いお店だ。

満腹になったところでホテルに戻る。そろそろこの機体の活動限界が来ている。足の下に枕を入れてベッドに寝転がると、とうとう1歩も動けなくなってしまった。もはや足のパーツは交換するよりほかにないかもしれない。

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